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地震に備えて今出来ること

2007年08月01日作成   1page  2page 

目黒 公郎 教授【東京大学生産技術研究所】

日本では新たな地震の活動期を迎え、建物の耐震構造の問題もよく耳にするようになりました。そのような中で私たちは普段どのような心構えで生活すればいいのでしょうか。
地震の被害を最小限に抑えるために、ハードとソフトの両面から研究をされている東京大学生産技術研究所の目黒公郎教授にお話を伺ってきました。

最近特に東京直下型地震が懸念されていますが、現在の東京の危険度、緊急度はどの程度ですか。

中央防災会議という、防災に関わる事柄を議論する場としては、日本で一番上位にある会議で、今後30年で首都圏直下の地震が発生する確率が70%と発表されました。

関東、とくに東京湾の沿岸には、分厚い堆積層があり、活断層があまりよく見えていないため、『いつ』『どこで』『どれほどの大きさ』の地震が起こるのか詳しくは分かっていません。そこで中央防災会議では、位置やタイプの異なる18ものパターンの地震を想定して、それらが起こったときに、どういう被害が予想されるかというシミュレーションをしています。

世界規模で見ると、地震はどこにでも起こるのではなく、プレートが生まれる場所と、沈み込む場所で起こります。日本の付近はプレートが沈み込む場所で、いくつものプレートが複雑に重なっているので、地震がたくさん起こるのです。関東の辺でいいますと、東から太平洋プレートが関東から東北・北海道が載っている北米プレートの下に、南からはフィリピン海プレートが北上し、関東平野の下に潜り込んでいます。ゆえに東京湾の南から北にいくに従ってフィリピン海プレートの上面の位置は深くなっていて、その深さは30kmから40kmぐらいの所にあるのです。上面で地震が起こりやすいので、中央防災会議がシミュレーションを行っている18のうちいくつかは、このフィリピン海プレートの上面で起こる地震を想定しています。

東南海の地域には、定期的に100年から150年の間隔で大きな地震が起きています。ここはフィリピン海プレートが、中部から以西の日本が載っているアジアプレートの下に潜り込んでいる南海トラフと呼ばれるプレート境界です。この境界には、3つの大きな地震の巣があり、それぞれ東から、東海・東南海・南海地震といいます。では最後に起こったのはいつかというと、1944年と1946年に、終戦を挟んで、昭和の東南海、南海地震が起こっています。

南海トラフ沿いの過去の地震の履歴を見ると、東海地震の起こる位置で、最近の150年間に大きな地震が起きていません。これが有名な東海地震の空白期で、ここでいつ地震が起こっても不思議ではないといわれるゆえんです。しかし一方で、過去の履歴から、東海地震のみが単独で発生した例は少ないことと、昭和の東南海・南海地震の規模が比較的小規模であったことから、東海地震は東南海地震や南海地震と連動して起こる可能性が高いと考えている研究者も多くいます。

現在わが国は地震学的に活動度の高い時期を迎えております。今後30年~50年程度の間に、M8クラスの地震が4、5回、兵庫県南部地震や首都圏直下地震などのM7クラスの地震はその10倍の40~50回わが国を襲うと考えられています。これらの地震が本当に起こる可能性が高い根拠を紹介します。

1978年に地震学者たちが、地震の観測を強化した方がよい地域を10箇所指定しました。三十年近く経ってみると、一番心配されていた東海と南関東の2箇所を除いて、他の地域では全て既に地震が起こっています。直前の地震予知はまだ解決すべき課題があると思いますが、20年~30年の時間スケールで地震学者たちが発生を予想する地震に関しては、十分精度が高いと認識して対処すべきです。

近未来に起こる可能性の高いM8クラスの地震としては、南海トラフ沿いの東海、東南海、南海地震や、三陸南部海溝寄り地震、三陸沖北部地震などがあります。首都圏直下地震などのM7クラスの地震はいたるところで起こる可能性が高いのです。発生確率を言えば、東海地震はこれから30年で87%、東南海地震は60%、南海地震は50%です。そのほかにも、三陸南部海溝寄り地震は20年で80%、三陸沖北部地震は30年で90%の確率だと言われています。

30年後というと、まだ先のことのように思ってしまいますがいかがでしょうか。

まず確認しておきますけど、30年で確率70%というのは、今から30年目の1年間に地震が起こる可能性が70%という意味ではありません。今から30年後までの30年間に、地震が発生する可能性のことですから、明日かもしれないということです。ちなみに2003年に起きた十勝沖地震(M8.0) は、30年の発生確率が60%と言われていたものが、起こったものです。もちろん地震の発生確率は数学的な確率の問題ではないので、ある期間地震が発生しなければ、ますます危険性が高まっていくという性質のものです。

その上で、30年間で70%という発生確率を考えると、これはかなり切迫しているということがわかると思います。すぐに対処をとったほうがいいレベルの非常に高い数値だと認識してください。例えば、今、耐震性の弱い家に住んでいらっしゃる方だったら、診断をして補強する、建て替えるということになったら、そんな短時間では対応はできないでしょう。また、国として耐震補強を支援するような制度を整え対応する場合には、なおさら時間がかかります。

地震の防災上の最大の課題は何でしょうか。

多数存在する耐震性の不十分な建物の建て替えや、補強が十分進んでいないということです。よく防災というと、地震が起きたときのための水や食料の備蓄、迅速な対応やレスキューの話になりますが、実際はほとんどの犠牲者は建物の問題で亡くなられているのです。

例えば、1995年の兵庫県南部地震によって地震後の2週間に神戸市内で亡くなった方々を調べた監察医の調査結果からは、次のような事実がわかっています。

地震の発生が早朝だったこともあり、亡くなった人たちの約87%は、アパートを含めて、自宅で亡くなっています。病院まで運ばれて亡くなった人は、4%にも満たないのです。死者の年齢別分布を見ると、60歳以上が半数を占めています。お年寄りは足腰が弱くとっさの行動が取れなかったこと以上に、住んでいる家の老朽化が進んでいたことや、お年寄りは足腰が弱いため、1階に住み、寝室も1階が多かったこと、そしてその1階が多く潰れてしまったことが原因です。

一方で、体力も充実し最も機敏な行動が取れるはずの20~25才にも、当時の人口を分母として割っても高い割合の死者が出ています。彼らは神戸以外から神戸の街へ来ていた大学生、大学院生、若手の働き手たちです。安い老朽化したアパートに住んでいて、それが壊れてなくなったのです。建物が弱いと、いくら体力があって、とっさの行動が取れても亡くなってしまうということです。

次に、直接的な死因を見ると、第1位は窒息死で全体の53.9%を占めています。つまり倒れた家具や建物の下敷きになって、強い力で押さえつけられて呼吸ができなくなって亡くなっているのです。第2位が圧死で、全体の12.4%という数値は火事で亡くなった人と同じぐらいです。他に、頭部損傷や内臓損傷などを合わせると83.3%の人が建物の問題で亡くなっています。残りの16.7%の9割以上に当たる15.4%の方々は、火事の現場で掘り出されていますが、この大部分を占める12.2%の方は、生きている状態で火事に襲われて亡くなったことが分かっています。残りの3.2%の方は、さすがの監察医でも直接的な死因を特定できない状態まで完全に焼け切ってしまった人です。生きている状態で火事に襲われて亡くなった方々に関していうと、彼らはごく少数の例外をのぞいて、被災した建物の下敷きになっていたため逃げ出すことができなかったのです。消火活動の問題の前に、建物の問題がなければ、焼け死ななくてもすんだのです。

このように火災による犠牲者も実際は建物の問題が大きく関与していたことを考えると、地震後2週間までに亡くなった人の95%強が、建物の問題で亡くなっていることになります。これが関連死を含めて、復旧・復興時に生じた様々な問題の本質的な原因になっているのです。

さらに監察医による犠牲者の死亡推定時刻を見ると、最初の14分間(地震発生の5時46分から6時までの間、監察医によれば、実際は最初の5分間)に、92%が亡くなっています。その地震では、10万5,000棟が全壊し、14万5,000棟が半壊し、39万棟が一部損壊しました。このような状況で、地震直後の5分、10分で犠牲者の生死の大半が決まってしまっていたのです。当時マスコミが繰り返し伝えていた、「災害情報が内閣にスムーズに伝わっていれば」、「総理大臣がうまく対応していれば」、「自衛隊が知事の要請を待たずに、出動出来るような体制になっていれば」、「犠牲になった多くの人たちは救えたのに」という報道は完全に間違いです。もちろんそのような状況やシステムになっていた方が良かったわけですが、神戸の被災状況を前提にすれば、仮にそうなっていたとしても、弱い建物を耐震補強したり建て替えたりしておかない限り、亡くなった多くの人を助けることはできなかったということです。

災害時に対応に当たる消防士や自衛隊の人たち、全国でどれくらいの人数がいらっしゃるかといえば、消防士が15万人、陸上自衛隊員が同じく15万人です。一般の方々のボランティアによる消防団員が全国で93万人くらいです。60万棟を超える被災建物が存在する中で、しかも地震直後に犠牲者の生死の多くが決まってしまう中では、消防士や自衛隊の人たちに過度に期待することは無理です。現在発生が危惧されている首都直下地震や、東海・東南海・南海地震などでは、建物の全壊全焼だけで数十万棟の規模です。このような状況ではなおさらです。

火事に関しても同様なことが言えます。神戸市では平時には1日に2件前後の火災が発生しています。神戸市の消防力は、同時に4件、5件の火災に対応するだけの消防力を持っており、普通はまったく問題ない状態です。ところが、地震の起こった日には、市内だけで100件以上の火災が発生しています。しかも最初の14分間に53件もの火災が発生したのです。もはやこの数の火災は公的な消防力で対応するレベルではありません。

 小規模な火災や初期火災は、市民による自主消火が最も効率的でかつ経済的です。震後の同時多発の火災は、まさに市民による早期消火がポイントなのです。ところが神戸の地震では、それがうまくいかなかった。理由は4つで、その中の3つは建物の問題です。

1つは、倒壊家屋が多数発生したので、その下敷きになっている人を助け出すことを優先し、初期消火が後回しになったこと。2つ目は潰れた家の中や下からの出火は、素人では簡単に消せなかったこと。3つ目は、倒壊家屋による道路閉塞で、市民も消防隊も現場に近づけなかった。4つ目は、残念ですが、震後の火事も平時と同様に、消防士が消してくれるものだという認識の下で初期消火のタイミングを逃した。4つ目は教育で何とかなるかもしれませんが、他の3つは、建物の問題によって発生しています。

地震の後に、アンケート調査、インタビュー調査が多くなされ、その結果、飲み水の問題、避難所の運営法の問題などが挙げられました。しかし、これらはいずれも生き残った人たちに聞いた話です。もし亡くなった人に「最大の教訓として、最も大切な方に何を伝えたいですか」とインタビューできたとしたら、彼らはなんと答えるでしょうか。「水の確保の話ではなく、家の問題をまず解決するように」とおっしゃるのではないでしょうか。私たちは『声なき声』を聞かないといけないのです。

ここまで説明してきたように、建物の問題が最重要課題なのですが、老朽化した建物の補強や建て替えは、あまり進んでいません。多くの方々は、お金の問題が最大の問題であるといいますが、私はそう思っていません。100~150万円で実施できる耐震補強がほとんど進展しない一方で、耐震補強と無関係のリフォームは年間数十万棟、平均でも400~500万円を優に超えるお金を掛けて行われています。リフォームの機会に耐震補強を実施すれば、耐震補強費は大幅に安くなります。私は耐震補強が進展しない最大の理由は、各自の災害状況をきちんとイメージする力「災害イマジネーション能力」が不足していることになると考えています。自家用車を買うときには、100~150万円のお金は高いと思わない。しかも強制保険も任意保険も買う。なぜか、まちがって事故を起こしてしまった場合の状況がイメージできるからです。年金の問題でもそうでしょう。数年前から、一般の方々が急に年金の減資が不足すると騒ぎ出しましたが、あれにしたってあの時点で急に問題がわかったわけではないです。ずっと前からわかっていたことが、一般市民の認識に及んだということです。

「災害イマジネーション能力」の話を少ししましょう。私たちは、日常、いろいろな場所を移動しながら、いろいろな役割を持って生きています。その様々な場所や役割などのシチュエーションにおいて、たとえば、「震度6強の揺れを感じた」としましょう。季節や天候、曜日や発災時刻を考慮して、その後の時間経過の中で、自分のまわりで起こることを具体的に想像できますか。たぶん多くの人は、ほとんど何も考えられないのではないでしょうか。これが問題なのです。人間はイメージしたり、想像したりできないことへの適切な準備や心構えなどは絶対にできません。現在、防災対策が具体的に進展しない最大の理由は、災害状況を適切にイメージする能力、つまり災害イマジネーション能力が低いことです。この能力の低さが具体的な対策の実施を妨げているのです。

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